それはある夜の事。
池袋の猫目洞は、相変わらずな客と女主人が相変わらずな調子でぐだぐだとしているのだった。
「そうだ!以前からお伺いしたいと思ってたんですけど———いいですかね、司さん?」
ひとしきりの愚痴を終えた益田は、ふと思いついたように益田は司に尋ねる。
「どうしたのさぁ。急に改まっちゃって?」
「いや、別に大したコトじゃないんですけどね。そのう、司さんは、オジ……いや、榎木津さんと木場さんとどうやって知り合ったんです?随分と長いおつきあいって事は聞いているんですけど」
「うっわ、随分と古い話を聞きたがるんだねぇ」
「あの……ご迷惑でなかったら……なんですけど」
「いや、別にそーゆーのじゃないよ。たださぁ〜聞いても面白くもないと思うんだけどねぇ」
何しろ、昔のコトだしさぁと言いながら、司は煙草を取り出す。
「……面白いか面白くないかってのは、聞き手が決めることなんだから、そんなに思わせぶりな事を言わなくてもいいんじゃない?そういえば、アタシも聞いたことなかったわ。ゲタとボウヤは幼なじみって聞いているけど」
「あれ、お潤さん。知らなかったっけ?」
「聞いたことないもの。知るわけないでしょ?」
「えー、そうだったっけ?それなら話すけどぉ〜」
益田とお潤に突っ込まれ、しぶしぶと司は紫煙を天井へ吹き上ながら話し始める。
「ま、どこだったかの店で遭遇したのよ。僕もそこでダチと———川新ね、益田ちゃんは知ってるでしょ?あいつと呑んでたんだけどさ」
「あぁ、あの人ですか」
益田は納得の表情をし、お潤はふぅんと適当な相槌を打つ。
「で、その近くにさ、エヅと修ッ公がいたのよ。で、そのお店もさそんなにお上品でもなかったしで、ホラ……エヅが目立つワケよ。ものすごーく」
わかる?と司はふたりに、理解を求める。
「……ま、それはすごく納得出来るわよ。今だって相当目立つコだもん」
「えっと……昔なんですよね」
「そ、十年は確実だと思うよ。本当、あの時は中身を知らなかったからさぁ、ものすっごく可愛く見えちゃってねぇ。想像つかないだろうけど、本当に可愛かったのよ」
「いや、榎木津さんですもんね……」
「大丈夫、想像は出来るわよ……」
司の言葉に、益田とお潤は納得と同情の声を上げていた。
「それにしたって、ゲタもデリカシーっていうか考え無しなのは昔からなのね。場末の飲み屋なんてトコにボウヤ連れて行ってどうするつもりだったのかしら〜」
そして、涼しい顔をしてお潤は続けるのを、ゲッと益田は得体の知れない声を上げた。
「でまぁ、さんざん絡まれてるというか、チョッカイ出されたりしちゃってるワケよ、エヅが。もちろん、あいつはそんな事気にもしないで、ずーっと修ッ公相手に楽しいお酒を呑んでたりするんだけど、それがシャクにさわるわけ」
ふたりの反応を気にもせず、司はマイペースに自分の話を続けてゆく。
「は、はぁ。そーゆーモンなんですか?」
わかりたくない世界だなあと益田はつぶやいた。そして、お潤はフンと鼻先で司を嗤う。
「あんた、自分の事を言ってるんでしょ?」
見境がないんだもの、と容赦なくお潤は続けたが、そうじゃないってーと司の調子は相変わらず明るく、そして軽い。
「いやいやいや。それがさぁ、絡む前に、ツレの川新の方が出来上がっちゃったのよ」
「出来上がったって、どんな具合にですか?」
「ぐっでんぐってんになっちゃったんだよねぇ。ホント酔うとスゴイのよ、あいつも。身体でかいし、声もでかいし。その上人格変わっちゃうしで、もう大変でさぁ。まあ場の雰囲気もそんなにいいモノでもなかったから、余計にそうなっちゃったんだけどねー」
「あぁ、ボウヤ絡みで……」
「そ。『なんでぃ、あいつらなーにからまれてんだよぉ〜』なんて、目を据わらせちゃってさー、『静かに呑めねえのかよぉ、オラァ』っとか声を上げるんだけど、一番お前がうるさいっての!」
もう参っちゃってねーと司は当時を思い出したのか、アハハと笑い出す。
「厭な客だわねぇ。で、それから……?」
「うーん、正直覚えてないんだよねー僕も川新ほどじゃないけど、酔っぱらってたし。憶えてるコトと言えば、あいつどっから持ち出してきたのかなあ、でかい招き猫を振り回し出してさぁ、それを必死になって、僕がやめとけって押さえ込もうとするけど、間に合わなくてねえ。で、たまたま修ッ公と目が合っちゃって」
「あらま。たまたま……ね」
「それって本当に偶然ですか?木場さん、あれで気配りの人ですよ」
「んー、だろうね。なんだかんだと世話焼きだもんね、あいつ。でさ、僕も必死だもんだから『ちょっと!見てないで手伝ってよ!』って声を上げたら『なんで俺が!手前のツレだろうが!』って文句を一応は言うんだけどさ、やっぱり見るに見かねたんだろね。手伝ってくれたワケよ」
「あー、やっぱりそうなんですか」
「でしょ?で、修ッ公と押さえてあっても、川新の奴は動き止めないし、止まらないし。それでまた、それを面白がったエヅが暴れ出すしで」
「完全な修羅場ね……」
「うん。でもまあ、楽しかったよ。こっちも若くて馬鹿だしさ。で、結局その店から追い出されちゃって、それじゃあ呑み直すかって四人で、他の店にいったりしたのかなぁ。で、最後には川新のトコに転がりこんだんだよねー」
「ご、豪快なんですね。その当時からみなさんて……」
「なんとなく、見えてきたわよ。そのオチが……話せといったんだから、最後まで拝聴してあげるけど」
「いやだなぁ、お潤さんてば……まあ、こっちも見えてるサゲを言うんだからさぁ、最後までつきあってよう」
もう少しで終わるからさ、と司は苦く笑いながら話を続けた。
「で、朝起きて『お前ら、誰』ってねぇ、お互いに指さしちゃってさ。もうズキズキする頭を抱えてね」
あっはっはーと司は、ひたすら明るく笑った……どうやら話は終わったらしい。お潤は眉間に指を置いて溜息をつき、益田は眉をよせて腕を組む。
「……それが、きっかけなんすかぁ?それでかれこれ十年以上、続いているんですか?」
「うん、そだよ。お互い無事に、生き残れたってコトもあるからねー」
「は、はぁ……」
益田は言葉もなく。ただ唖然とした顔で司を眺めて、お潤はあきれ果てた声を出した。
「つまり、あんたたちときたら、昔も今もずーっと馬鹿やってるっていう事なのね」
「ひどいよう、お潤さんたらー。でもま、その通りなんだけど」
この頃は周りに気をつけてるようと、司は言うが、ほんとうですかぁと益田が遠慮がちに突っ込みを入れていた。
「あら、わかんない?益田ちゃん。僕らの気配り」
「き、気配りって……そりゃ、司さんは気をつけてるかも知れませんよ?」
「うん?」
「そーゆーコトはあのヒトたちにも、ちゃんと言っておいてもらいませんかぁ?お友だちとおっしゃるんなら!」
「言ったトコロで聞くようなタマじゃないもの、解ってるでしょお?取り扱い初心者の益田ちゃんでも」
「そりゃ、骨身にずんと染みこんでたりしますけどぉ〜〜〜」
そして、益田は再びカウンターへ沈み込む。その様子を見て、ありゃまと暢気な声を上げて司はお潤を見た。
「……結局、あんたたちが類友だってことよね」
「お潤さんもね」
「!」
類が友を呼んだのか、朱にまじわってしまったのか———
袖振り合うも多生の縁、と言うべきなのか———
「仲良くやっていかなくちゃ」
せっかく、出会ったんだからさぁと司は言って、空になったグラスをお潤に渡した。

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