「うわっ!」
「うぎゃ!」
俺と礼二郎の口から、叫び声が同時に飛び出す。
「なんて手ェしてやがる!」
「そっちこそ!」
ぶつかった手は、あまりにも冷たすぎた。
※※※
風は北風。冷えきった冷気は、情け容赦なく体に叩きつけてくる。
——— う〜〜〜っ、こんちきしょう!
思わず俺は悪態をつく。冬だから寒いのは当然なんだろうが、だからといって我慢できるわけでもない。気がつけば、少しでも風から逃げようとして、外套のポケットに手を突っ込んで、前傾姿勢で歩いていた……勿論、かなり情けない状態なのは解っている。仕方ねえさ、と開き直りながら道を往けば。
「うぉっ!」
思わず俺は叫ぶ。突然びゅうと、ひときわ強い風が吹き付けて来たからだ。ご丁寧にも、バタバタと外套の裾までもはためかせて通り過ぎてゆく。
あれは一月。
年が無事に明け、今年は去年とは違う一年になってくれる筈だと———願い、信じていたあの日。
※※※
「……ったく」
見上げる天は、真冬の曇天。どうしようもなく、うっとおしい空色がやりきれない。これも、冬だから仕方がないと言われたらそれまでなんだろうが———寒さに震える時には、夏空を思い返し、暑さにうんざりする時には、痺れるような北風を懐かしむ……つまりは、単に身勝手・わがままなだけなんだろう。
——— ま、あいつに比べたら
ささやかなもんさ、と思ってみる。その上あいつは救いようのない馬鹿だから、海を見たら血が騒いだんだろう、後先考えずに突進しやがった。ったく、十二月の海だぞ?ちったあ季節を考えろってんだ。だから見ろ、ひでぇ風邪を拾いやがった。
「もーう大変ですよ。旦那、どうして先生から目を離したんです?」
「なんで俺のせいにされるんだよ。俺はあいつのお守りじゃねえぞ!」
「そりゃあ、解ってますよ。解ってますけどねぇ」
「……わかったよ。暇が出来たら神田に寄ってやる、それまで手前辛抱してろ!」
年末から三日おきぐらいに、和寅の奴が電話で泣きを入れてくる。だが、俺にはそれを聞く義理はない筈だし、面倒はごめんだ。それに、本気で忙しい。だから年末年始の慌ただしさで、誤魔化してうやむやにしてやろうとしたが、和寅の奴にも抜かりがなかったというか、あいつもキレる時があるんだろう……まぁ、その点に関しては俺も悪いんだろうが。
「忙しいと思うけれど、神田に寄ってくれないか?」
「そ、総一郎さん……!」
思わぬ人の声に、俺は椅子をひっくり返し直立不動で応じるしかない。あぁ、課の連中の不審な目線が体中に突き刺さってるぞ、確実に!
「ああ、驚かせてすまないね。ところで修太郎君は、礼二郎の事は知っているかい?」
「なんか、風邪をひいてるんですよね。冬の海に突進したらしいですから」
俺も現場を見た訳じゃないんですけど、と思わず言い添えてしまうのは———身の保身、なんだろうなぁ……
「あぁ、まったくその通りなんだよ。理由を聞いたら、理由はなかったと言うから、僕まで頭が痛くなったけれど。それにもう随分と調子はいいらしいから、退屈しているみたいでね」
「……はぁ」
退屈って……そいつはどういう意味ですか、とツッコミたくなったが、この人にそれを言う勇気は俺にはない。
しかし、この人でも弟の蛮行に呆れる時もあるんだなぁと妙に感心というか、安心もする。
「君も年末年始で、忙しかったんだろう?寅吉に用意をさせているから、君もゆっくりしたらいい」
受話器から聞こえてくる声は、昔と同じ明るい穏やかな声だ。この声を聞いていると俺も十やそこらの餓鬼の頃に戻っちまうのはどうした訳なんだろう?
「……わ、わかりました。近いうちに必ず……」
「そう言ってくれると思ったよ。ありがとう、修太郎君。礼二郎も喜ぶよ」
「そ、そうですか……」
結局はそこに落ち着くのだ。当然の成り行きではあるが、はぁああとため息をついて俺は受話器を置く。先輩、どうかしたんですか、と青木が声をかけてくるが俺は返事をする気力もなく、席にへたりこむしかない。そして、俺は綺麗に丸め込まれた訳だ。和寅の野郎〜〜〜!と八つ当たり気味に恨んだ所でどうしようもない。あいつもぼーっとしていない、という訳だ。見てないようで、俺もまた総一郎さんに逆らえない事を知っていやがる。弟思いなのは別に構やしねぇが、どうして毎度毎度、俺まで巻き込まれちまうんだ?今更すぎる疑問だが。

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